オーステナイト系ステンレス鋼(SUS304、SUS316 など)は、優れた耐食性と靭性を有する材料として、食品機械、医療機器、半導体製造装置、精密機械部品など、極めて幅広い分野で使用されている。一方で、表面硬度や耐摩耗性が低いという特性から、摺動部や金型用途では表面改質が求められることも多い。

こうした要求に対して有効な手段の一つが窒化処理であるが、「オーステナイト系ステンレス鋼は窒化すると耐食性が落ちる」という認識が一般的に浸透している。実際、この評価は従来の高温窒化処理においては正しいと言える。

従来窒化処理法で耐食性が低下する理由

オーステナイト系ステンレス鋼の耐食性は、鋼中に含まれるクロムが表面に形成する不動態皮膜によって維持されている。しかし、一般的なガス窒化や塩浴窒化では、処理温度が500~580℃程度と高温になるため、窒素がクロムと結合し、窒化クロム(CrN)を生成する。

この反応により、表面近傍のクロムが消費され、母相中のクロム濃度が低下した「クロム欠乏層」が形成される。クロム欠乏層では不動態皮膜の再生能力が著しく低下し、孔食やすきま腐食が発生しやすくなる。さらに、高温処理による組織変化や粒界析出は、粒界腐食のリスクも高める要因となる。

その結果、硬度や耐摩耗性は向上するものの、耐食性が犠牲になるというトレードオフが生じてきた。

低温で行う窒化処理という別のアプローチ

これに対し、処理温度を大幅に下げた低温域で行う窒化処理では、まったく異なる現象が支配的となる。400℃前後の温度域では、クロム窒化物の生成が抑制され、窒素はクロムと安定な化合物を形成するのではなく、オーステナイト結晶格子内に固溶する形で侵入する。

この状態は「拡張オーステナイト(S相)」と呼ばれ、結晶格子の膨張によって高い圧縮残留応力が生じ、表面硬度と耐摩耗性が大きく向上する。一方で、クロムは母相中に留まるため、不動態皮膜を形成する能力が維持され、耐食性の低下が起こりにくい。

耐食性が維持される理由

低温窒化処理では、以下の点が耐食性維持に寄与している。

  • クロム欠乏層が形成されにくい
  • 不動態皮膜の自己修復機能が保持される
  • 孔食電位の低下が小さい
  • 塩水噴霧試験や浸漬試験において、未処理材と同等レベルの耐食性を示すケースが多い

そのため、「硬くしたいが、ステンレスとしての耐食性は失いたくない」という要求に対し、現実的な解決策となる。

適用分野と留意点

低温窒化処理は、耐摩耗性と耐食性の両立が求められる部品に特に有効である。食品・医療分野の部品、半導体装置部品、プラスチック金型や精密機構部品など、腐食環境下で使用される摺動部において、その効果を発揮する。

一方で、処理層の深さや特性は、材料成分、表面状態、処理条件に大きく依存するため、用途に応じた条件設計と高度なプロセス管理が不可欠である。

まとめ

オーステナイト系ステンレス鋼への窒化処理において最も重要なポイントは、処理温度だけでなく、最表面に存在する不動態膜をいかに制御するかにある。ステンレス鋼表面には、数十Å(オングストローム)という極めて薄い厚みでありながら、高い耐食性を発揮する緻密な不動態膜が形成されている。この膜は耐食性の源である一方、窒素の侵入を妨げる大きな障壁ともなる。

この不動態膜を過度に破壊すれば耐食性は損なわれ、除去が不十分であれば窒化反応そのものが成立しない。数十Åという極薄膜を均一かつ清浄に制御し、基材を劣化させることなく窒素を導入するためには、高度なプロセス設計と表面制御技術が不可欠である。

※1Å(オングストローム)=10⁻¹⁰m=0.1nm(ナノメートル)

こうした課題に対し、低温域で窒素を固溶状態として導入し、クロムを消費させることなく表面硬化を実現するという考え方を、実用レベルの安定した処理技術として確立したものそれがエジソンハード処理である。

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