磁気焼鈍の目的と基本原理
磁気焼鈍の主な目的は以下の3点です。
- 冷間加工・切削加工によって生じた残留応力の除去
- 結晶粒の成長・整列による磁区構造の安定化
- 保磁力の低減と透磁率の向上
特に軟磁性材料では、応力の有無が磁気特性に直結します。
同じ材質でも、加工後そのまま使用した部品と、磁気焼鈍を施した部品とでは、磁束密度・鉄損・応答性に明確な差が現れます。

磁束密度とは何か
―「どれだけ磁気が通っているか」を示す重要な指標 ―
磁束密度とは、材料の中をどれだけ効率よく磁気が通っているかを示す指標です。
単位はテスラ(T)で表され、モーターや電磁弁、ソレノイドなどでは、この磁束密度がそのまま出力や吸引力、応答性に影響します。
設計上は「この材質ならこの磁束密度が出るはず」と想定されていても、実際の部品では思ったほど数値が伸びないことがあります。
その原因の多くは、加工による内部応力や組織の乱れです。
切削やプレス加工によって材料内部に応力が残ると、磁区の動きが阻害され、磁気がスムーズに流れなくなります。
結果として、同じ磁場をかけても磁束密度が上がらない状態になります。
磁気焼鈍は、この内部応力を除去し、磁区の向きを整えることで、磁気の通り道を素直にし、磁束密度を安定して引き出すための熱処理です。
ただし、磁束密度を最大限に引き出そうとすると、後述する変形リスクも同時に高まるため、熱処理条件の設定には経験と判断が必要になります。
鉄損とは何か
― 磁気特性の裏側で確実に性能を落とすエネルギーロス ―
鉄損とは、磁性材料に磁場をかけたり外したりする際に発生する、無駄なエネルギー損失の総称です。
主に以下の2つで構成されます。
- ヒステリシス損失
- 渦電流損失
この鉄損が大きい部品は、発熱しやすく、効率が悪く、応答性も低下します。
― ヒステリシス損失と変形を理解してこそ、磁気特性は安定する ―
モーター、ソレノイド、電磁弁、各種センサー、トランス部品など、磁気特性が製品性能を左右する工業部品において、「磁気焼鈍(磁気特性改善焼鈍)」は欠かすことのできない熱処理です。
設計段階では材質選定に注目が集まりがちですが、実際の現場では「理論値通りの磁気特性が出ない」「ロットごとに応答がばらつく」といった問題が少なくありません。
その原因の多くは、加工による内部応力と、それに伴うヒステリシス損失の増大、そして焼鈍時の変形リスクを十分に理解しないまま処理を行っていることにあります。
ヒステリシス損失とは何か
― 磁気特性を静かに悪化させる「見えないロス」 ―
ヒステリシス損失とは、磁性材料が磁化と消磁を繰り返す際に失われるエネルギーのことを指します。
磁場をかけると材料内部の磁区(磁気の向き)が揃い、磁場を弱めると元に戻ろうとしますが、この動きは完全に可逆ではありません。
このとき、磁区が動くたびに摩擦のような抵抗が生じ、それが熱として失われます。
これがヒステリシス損失です。
ヒステリシス損失が大きい材料では、
- 磁化・消磁の応答が遅くなる
- 無駄な発熱が増える
- 消費電力が増大する
- 微小信号に対する追従性が悪化する
といった問題が発生します。
特に電磁弁や高速応答を求められる部品では、ヒステリシス損失の大小が製品性能を直接左右します。
加工応力とヒステリシス損失の関係
切削、プレス、曲げ、冷間加工といった工程を経た工業部品の内部には、目に見えない加工応力が必ず残ります。
この応力は磁区の動きを妨げ、磁化・消磁のたびに余分な抵抗を生じさせます。
結果として、
- 保磁力が高くなる
- 透磁率が低下する
- ヒステリシスループが大きくなる
つまり、ヒステリシス損失が増大するのです。
磁気焼鈍は、この加工応力を熱によって解放し、磁区がスムーズに動ける状態を作ることで、ヒステリシス損失を低減し、磁気特性を本来の姿に近づける処理です。
磁気焼鈍は「必ず変形する」熱処理である
ここで重要なのが、磁気焼鈍は変形を伴う熱処理であるという現実です。
これは欠陥ではなく、物理的に避けられない現象です。
磁気焼鈍では、内部応力を取り除くために比較的高温まで加熱します。
その過程で、加工時に「無理に保たれていた形状」が解放され、以下のような現象が起こります。
- 反り・うねりの発生
- 寸法の微妙な変化
- 肉厚差による局所的な歪み
- 薄物部品の形状崩れ
特に、板厚差のある部品や、片側加工の部品では、応力解放に伴う変形が顕著に現れます。
変形を抑えるには「磁気特性とのトレードオフ」を理解する
磁気焼鈍において重要なのは、
磁気特性の最大化と形状安定性は、しばしばトレードオフの関係にあるという点です。
- ヒステリシス損失を極限まで下げようとすると、変形リスクは高まる
- 変形を嫌って条件を甘くすると、磁気特性は中途半端になる
このバランスをどこで取るかは、用途と要求制度次第とも言えます。
まとめ:ヒステリシス損失と変形を理解してこそ、磁気焼鈍は成功する
磁気焼鈍は、単なる「応力除去焼鈍」ではありません。
ヒステリシス損失を低減し、磁気特性を安定させるための高度な熱処理です。
同時に、変形が起こる処理であることを理解し、それを前提に条件設計することが不可欠です。
磁気特性でお困りの工業部品がある場合、「なぜ特性が出ないのか」「どこまで変形を許容できるのか」を一緒に整理できる熱処理屋に相談することが、最短の解決策になります。
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